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古典ガール-高校古典の品詞分解と現代語訳-

高校古典の品詞分解と現代語訳の最強決定版です。これで定期試験やノート作り対策もばっちり。LINEで友達に広げて、カフェでワイワイ勉強会。

雨月物語 浅茅が宿 現代語訳

雨月物語

   浅茅が宿

 妻は涙を抑えて、

「(あなたが出発なさった)あのときお別れ申し上げてから、再会を頼みにせよとおっしゃった秋より前に、

恐ろしい(戦乱の)世の中になって、里人はみな家を捨てて、海に漂い、山に隠れたので、

まれに里に残った人は、多くは恐ろしい心の持ち主で、

(女の私が)こうして独り住まいになったのを好都合と思ったか、言葉巧みに言い寄ってきたが、

(私は)たとえ玉と砕け散っても〔貞節を守って死ぬことになっても〕、汚れた瓦のように〔不義をして生き恥をさらして〕生き長らえることはするまいよと思って、(いったい)幾度辛苦に耐えてきたことか。

天の川が(くっきり見えて)秋を告げるが、あなたはお帰りにならない。

冬を待ち、春を迎えても何の連絡もない。

こうなったら京へ上って(あなたを)お訪ねしようと思ったが、

男性でさえ通行を許さない(厳しい)関所の守りを、どうして女の私が越えることのできる道もあろうか、いや、ないだろうとあきらめて、

軒端の松を眺めて待っても甲斐のないこの家で、狐やふくろうを友として、今日までは(むなしく)過ごしました。

(こうして再会できた)今は長年の恨みも晴れ晴れとなってしまいましたことがうれしくてなりません。

再会を待ち続ける間に恋い焦がれて死んでしまえば、(それこそ古歌にいう『人知れず』『恋ひ死』ぬことになって、何のために命を捨てたのかと)あなたが知らないことへの恨みだけが残ることになりましょう。」と言って、

またよよと泣くのを、(勝四郎は)「(夏の)夜は短いから。」と言って(妻を)慰めて、夫婦はともに床についた。
 

窓障子の破れが松風を吸い込んで、夜どおし涼しいのに加えて、長旅に疲れたのもあって、ぐっすりと眠った。

(夜明け近い)午前四時から六時ごろの空が明るくなるころ、夢うつつの心地にも何やら寒いと感じたので、

夜着をかぶろうとして手探りする手元に、(布団はなく)何であろうか(、何やら触れて)、さやさやと音がするので目が覚めた。

顔に冷たいものがしたたるのを、雨が漏ったかなと思って見上げると、屋根は風にめくり取られているので、有明月が空に白く残っているのも見える。

家は板戸も形ばかりで、ないも同然である。

簀噐の床が朽ち果てている隙間から、荻や薄が高く生え出して、朝露が葉からこぼれ落ちるので、袖は濡れてしぼるほどである。

壁には蔦や呵がはいかかり、庭は葎でびっしり覆われて、秋ではないのに秋の野原さながらの廃墟であったのだよ。
 

 それにしても、ともに臥していた妻は、どこへ行ったのだろうか、姿が見えない。

狐などのしわざ(で、私がだまされたの)かと思って見ると、こんなに荒れ果ててしまったものの、

(ここは確かに)もと自分の住んだ家に違いなくて、ことさら広く造った奧の間あたりから、端のほう、稲倉まで、自分が好んだままの形である。

呆然として自分の立っている所さえわからないほどであったが、よくよく考えてみると、

妻はすでに死んでいて、今ここは狐狸が住み替わって、このように野原と変わらぬ廃屋になってしまったので、

妖怪となって、生前の妻の姿を見せたのであるのにちがいない。

あるいはまた、私を慕う妻の魂がこの世に帰って来て、(昨夜一夜、私と)言葉を交わしたものか。(とすれば、京を出発するとき)思ったことが的中したのだなあと思うと、全く涙すら出ない。

(何もかも変わってしまった、)わが身だけはもとの身のままなのにと思って、(廃墟になった旧居の中を)歩き回ってみると、

昔寝所であった所の床板を取り払い、土を盛り上げて墓とし、雨露を防ぐしかけ〔覆い〕もしてある。

昨夜の(私を迎えてくれた)霊はこの墓から(訪れて来たの)かと思って、恐ろしくもあるが一方では慕わしい。

 墓前に供える水の器を並べた中に、木片を削ってあるの(があって、それ)に、那須野紙で、ずいぶん古びていて、文字もあちこち消えてところどころ判読できない紙が(貼ってあり)、まさしく妻の筆跡である。

死者の戒名というものも没した年月も記さず、(ただ)三十一字の和歌で臨終の気持ちをしみじみと述べてある。

さりともと・・・そうはいってもいつかは会えるかもしれないという期 待に欺かれて、よくもこの世に今日まで命が生き延びたものだなあ。
 

このときに(勝四郎は)初めて妻が死んだことを確認して、大きな叫び声を上げて倒れ伏す。

しかし、何年、何月何日に死んだかさえ知らぬ情けなさよ。

誰かが知っているかもしれないと、涙を抑えて外へ出てみると、もう日は高くさし昇っていた。

 勝四郎は、漆間の翁の長寿を祝して、次に、京へ行って不本意ながら長期滞在をした経緯から、昨夜の不思議な経験までを詳細に語って、

翁が妻の墓を盛って妻を葬り弔ってくださった思いやりがありがたいことと告げながらも、涙を抑えることができなかった。

翁はこう言った。「おまえ様が遠く都へ旅立ちなさったあとは、夏のころから戦が始まって、里人はあちこちへ逃れ、若い者たちは軍兵に召し出されるうちに、桑畑は見る見るうちに(荒れ果てた)狐や兎の住む草むらになった。

(そういう混乱の中にあって)ただしっかりしたあなたの妻だけは、夫のあなたが秋(には帰る)と約束なさったのを信じて、家をお捨てにならない。

年寄りの私もまた歩行が不自由になって百歩(歩くの)も難しいので、じっと家に閉じこもって外に出ない。

(まわりは)たちまち樹神などという恐ろしい妖怪が住む所になったのに、若い女性(であるあなたの妻)が雄々しく耐えておられたのは、老いた私が生涯目にした中でも感動を誘う姿であった。

(帰郷の約束の)秋が過ぎ春が来て、その年の八月十日という日に、お亡くなりになる。

お気の毒に耐えないので、老いた私が自分で土を運んでお棺を安置し、その臨終の折に残しなさった筆跡を墓のしるしとして、墓前に水を供えるお弔いもほんの気持ちだけしたが、

私はもともと文字が全く書けないので、彼女の没年忌日を記すこともできず、寺も遠いので(僧を呼んで)法名を(つけて)もらう手立てもなくて、そのまま五年を過ごしたのです。

今あなたが語った昨夜の怪異を聞くと、きっと気丈なあなたの妻の魂がやって来られて、(長い間あなたを待ちわびた)積もる恨みを訴え申し上げなさったのだろう。

もう一度あの場所へ行ってねんごろにお弔いなさい。」と言って、杖をついて先に立ち、

二人とも墓の前に頭を下げて、声を上げて繰り返し嘆き、その夜はそこで念仏を唱えて明かしたのであった。

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